Vol. 13 – 連載3 パプアニューギニアの深い懐へ

パプアニューギニア 連載3 パプアニューギニアの深い懐へ

「はぁはぁ、はぁ……」
呼吸は粗く乱れ、脚はまるで生まれたての子馬のようにぷるぷると小刻みに震えていた。自分が乗った距離を確かめるようにして、沖のピークに目を向けた。ラインナップにつく仲間のサーファーたちが豆粒のように小さく、ほとんど誰が誰か判別できなかった。

去る2月15日に、4度目となるパプアニューギニアへと旅立った。いや、5度目だったっけ……? とにかくたくさんだ。今回の目的地はトゥピラ村である。サーフキャンプからものの10歩も歩けば海。小さな湾の入口で割れるそのポイントは、どんな風にも比較的強く、常にクリーンな状態で波乗りができる……のだが、冒頭で記述した波乗りのシーンは、このトゥピラでの出来事ではない。

トゥピラからクルマで15分のところにあるトゥブルテという村で割れる波のウワサは聞いていた。だが、そこが本領を発揮するには、大きめのうねりが不可欠だという。まだ見ぬ波に期待を寄せながら出かけたのだが、到着3日目にして待望のうねりがやってきたのだ。
トゥピラの波のサイズがアタマ半になったタイミングでトゥブルテに向かうと、そこでブレイクしていたのはカタ〜アタマ、セットでオーバーヘッドのファンウェイブ。ヘッド状に少しだけ突き出した海岸線に沿うようにして、レフト方向に規則正しく波が割れている。まるで科学者がサーファーのライディングスピードを緻密に計算し、精密な機械を使って波を作り出したかのようだ。急いで着替えを済まし、日焼け止めだけはしっかりと塗ってパドルアウトする。
ピークはリーフ混じりだが基本的にはサンドボトムなので、気分的に余裕を持ってテイクオフ。すると進行方向にどんどんとフェイスが出来上がってくる。途中にやや厚くなるセクションがあるのだが、そこをカットバックで繋ぐと、再び波が作り出す壁が眼前に現れる。地元の子供たちが素っ裸で自作のウッドボードに乗っているインサイドセクションを抜けて、最後にビーチ際でローラーコースターを決めたらライディングの終了である。それから冒頭の記述に戻り、パドリングだとかったるので、ビーチを歩いて再びラインナップへ。またテイクオフして、カットバックして……そんなことが延々と無限ループのように続くのである。私たちは海から上がるのが惜しくてたまらず、体力の限界がくるまで約4時間、ずっとこのループを繰り返した。

ざっと見積もって300メートル。中でも特に形のいい波は400メートル。一本乗るだけで疲れを感じさせてしまう波。ブレイクは決してハードではなく、今回旅したアマチュアサーファーたち(女性含む)が全員漏れなく楽しめていた。とはいえ、同行したプロサーファーをもってしても「すっごいいい波」と言わしめるブレイク。このあらゆるレベルのサーファーを受け入れるこの懐の深さ、好きだなぁ。
また新たに魅力的な波との出会いがあったパプアニューギニアの旅。帰国間際、パプアニューギニア・サーフィン協会の会長であるアンドリュー・アベル氏から、未開拓のサーフエリアが存在すると聞かされ、「まだあるのか!」と末恐ろしくさえなったのは言うまでもない。


中野晋 ライター/エディター
1971年生まれ。新潟県出身、千葉県在住。21歳のときに波乗りと出会いカリフォルニアへ渡る。flow、SURFTRIP Journal などのサーフィン専門誌に携わり、現在は SURFTRIP Journal のディレクターを務めるかたわら、執筆、編集、翻訳をこなす。世界を旅する中、2009年にパプアニューギニア初上陸。これまでの旅先とは一線を画すワイルドな波の数々に、すべての概念が吹き飛ばされる経験をする。